モザン脱出24時(前編)
帰国してから3日が経ち、だいぶ長旅の疲れも時差ボケもとれてきたー!
ここらで、
モザンから日本までの壮絶な帰路の旅について記録しておこうかと思います。
そもそもの経緯から。
3/17(火)夕方
JICAモザン事務所より連絡。コロナウイルス感染拡大による様々な影響を考慮して、全隊員一時帰国(早期帰国)を決定。1週間後メドにモザン隊員も帰国する予定とのこと。
(緊迫レベル1)
3/18(水)昼
JICAモザン事務所より緊急連絡。各航空会社が続々と欠航し始めたため、帰国をただちに行う必要が出てきた。明日にでも首都に上がるよう指示。
(緊迫レベル5)
3/18(水)夕方
首都へあがる国内線フライトは明日ではなくあさって金曜日に決定。日本へのフライトは土曜日に決定。ちなみにモザン隊員は3グループに分かれて帰国することに。
3/19(木)
モザン第1グループ、日本へ出発。
3/20(金)
モザン第2グループ、日本へ出発。
上記2つのグループは、カタール経由で帰路へ。第3グループもその予定でしたが、カタール航空がアフリカ便の欠航、減便を発表したため、ドバイ経由になる。
(緊迫レベル10)
3/20(金)夕方
首都マプトへ。残された第3グループ19名、それぞれ最後のモザンビークを噛みしめる。
3/21(土)早朝
予定していたフライト(モザン→ヨハネスブルク)が欠航に。南ア航空は、以降全便キャンセルを発表。
(緊迫レベル20)
3/21(土)昼
JICAと緊急打ち合わせ。マプトから陸路でヨハネスブルクに向かい、そこから日本へ向けてドバイ経由で帰ることに。
(緊迫レベル30)
3/21(土)夜
それぞれ最後のモザンビークを噛みしめる(2回目)
そして迎えた、
3/22(日)、、、
早朝5時、
隊員ドミトリーに集合した我々第3グループ19名はまだ知らなかった。
ここから長い長い1日が始まることを…。
隊員19名+JICA関係者数名は、4台のマイクロバスに乗って、ヨハネスブルクへ移動。
マプトからヨハネスブルクまでは約500km。
約8時間の長旅。
マプト→南アフリカの国境越えにあたっては、入念な準備と細心の注意が払われました。
JICAモザン事務所職員や安全対策アドバイザー、在モザン日本大使館が国境までアテンド、
さらに、
在南アフリカ日本大使館、在モザン日本大使館の協力のもと、スムーズに国境越えができるよう直々の書簡も準備。
まさに、
JICAの総力をあげての大移動!
そもそも、この移動に至るまでにも、度重なるフライトキャンセルにも関わらず、20名近くの航空券を迅速に手配したJICA事務所はやっぱりすごいと思う…感謝。
マプトからバスに揺られること約1時間半。国境に到着。
当時、モザンビークはコロナウイルス感染者ゼロ、南アフリカは数百人という状況だったため、
JICAからは何度も、感染予防に努めるよう指示がありました。
そして、
緊張の出国そして入国…。
(緊迫レベル40)
前述の通り、JICAのスーパーアシストのおかげで、
拍子抜けするほどアッサリと国境越え。
本当にありがとうございました。
事務所側も私達隊員も、この国境越えが肝だと思っていたので、
ホッと胸を撫で下ろす。
あとはヨハネスブルク空港へ向かうだけ。
(緊迫レベル20)
と、
その時…
「君たち何でここにいるんだ!!!戻れ!!!」
と怒声が…。
警察?かどうかわかんないけど、
サングラスして制服きた怖いおじさんが凄みをきかせて怒鳴ってきた!!
(緊迫レベル60)
「私達は日本人で、今入国検査も終わりました。」
と、同行していたJICA職員が説明してくれると、
「あぁ、そうかい」
と言った感じで、渋々引き上げたおじさん達。
いや、
こわ!!!!(゜゜)
私達なんも悪いことしてないのに!!
なぜ!?
そして、彼らは私達を中国人だと思ったらしく、
日本人ですと伝えたら納得していた…。
いや、
何に納得?!
中国から南アへの入国は規制されていたようですが、
にしてもいきなり怒鳴りつけるのはどうなの…。
中国人が気の毒になる…。
そんなちょっと緊迫した場面もあったけど、
その後は順調にドライブ。
車内では和気あいあいとおやつを食べたり、しりとりをしたり、
さながら遠足気分で、
南アフリカの広大な景色を楽しむ余裕すらあった私達。
(緊迫レベル20)
そして、
国境から2時間以上、
約200km進んだところで、
高速道路料金所の出口に差し掛かる。
先行していたバス2台がなかなか料金所を通らない。
全然進まない。
私達のバスの後ろに長く延びる車の列。
何かがおかしい…
車内に不穏な空気が流れた、
その時。
「Go back the border!! Not enter China!!!」(国境に戻れ‼中国人は入るな‼)
と、
凄まじい勢い、鬼のような形相、威圧MAXの怒鳴り声で、
複数の警官が近づいてくる!!
(@_@) な に ご と (@_@)
もう、
怒りってレベルじゃなくて、
ものすごい憎しみを込めた叫びを私達4台のバスにぶつけてくる警官達。
ただただ恐怖。
(緊迫レベル100)
このままじゃ話にならないので、
料金所の列から離れ、
路肩に停まるバス4台。
ちなみに南アに入国してからは、携帯電話が使えないので、
他のバスとも連絡がとれない状態。
状況がわからず、あたふたする我々。
というかそもそも、なんでこんなに怒鳴られてるの??
入国審査通りましたよね??
ここただの料金所よね??
しかし相変わらず、
「戻れ!!帰れ!!入ってくんな!!」
を叫び続ける警官。4-5名はいたかな。
戻れ、のジェスチャーも腕ブンブン降ってる。
落 ち 着 け
頭の血管切れるて。
JICA職員が事情を説明するためバスから降りようとすると、
それ以上あがらないと思われていた声量がさらに上がって、
「降りんなぁぁぁぁ"ぁ"ぁ"!!!!」
警察官、
ボルテージMAX、リミットブレイク。
(緊迫レベル300)
いやほんとに、
身の危険を感じた(*_*)
警察官、銃持ってるし。
おっかねぇわ!!!!
そして、
腹立たしいことに
あたふたする我々にスマホを向けて撮影し出す警官達。
なんなの。
不快。
私達のバス運転手(モザン人)が、
なんとかしようと(やさしい)、
大使館のレター片手に警察官へ説明するための歩み寄ると、
「NO」
「Go back」
の一点張り。
「彼らは日本人で、モザンビークで働いていて、飛行機に乗るために入国したんだ」
と、説明しても、
聞く耳持たず。
どうやら、
戻れ、帰れ、入るな、以外の言葉は喋れないようです。(-_-)
他人の話は聞けないようです。(-_-)
「聞く耳持たず」
ってこういうことを言うんだな、と。
びっくりするくらい、こちらに話す機会を与えてくれなかった。
何をそんなに頑固になってるのか。
例えるなら、
こっちが何か話そうとすると、
「ワーーーーー聞こえませーーーん、何言ってるか全然ワカラナーーーイ」
って耳を塞がれてる状況。
小2か。
こんな理不尽なことって起こるんだな。
これが差別なんだな。
と、
身を持って実感。(こんなこと実感したくもなかったけど)
にっちもさっちも行かなくなり、
訳もわからないまま、
追い立てられるように高速道路を引き返す我々バス4台。
そして、
それについてくるパトカー複数台。。。
刻々と迫るフライト時間。
無力感とフラストレーション。
遠ざかっていく帰国への道のり。
…後半に続きます。